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資料番号 | 6A000661 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 27.0 径 23.2 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 宮内焼・・・南陽市宮内で焼かれた焼物。鈴木又右衛門が1805(文化2年)に創業した。主に茶器が生産されていたが1926年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000662 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 17.5 径 19.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 堤焼・・・宮城県仙台市堤町で焼かれた焼物。元禄年間(1688~1704年)に、江戸の陶工上村万右衛門が仙台の台の原で始めたとされる。特に堤人形は有名である。 |
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資料番号 | 6A000663 |
資料名 | 切立 |
資料名よみ | きったち きったて |
法量 {cm} | 高さ 28.5 径 17.5 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 筒状の胴をもつ陶製の容器。切り立てたように垂直な形状から「切立」と呼ばれる。成島焼・・・米沢市成島町で焼かれた焼物。上杉藩相良清左衛門が、1778(安永7)年に藩命を受けて築窯した。藩財政を潤すほどに発展したが、1935(昭和10)年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000664 |
資料名 | 切立 |
資料名よみ | きったち きったて |
法量 {cm} | 高さ 20.0 径 16.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 筒状の胴をもつ陶製の容器。切り立てたように垂直な形状から「切立」と呼ばれる。 |
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資料番号 | 6A000665 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 40.0 径 31.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 堤焼…宮城県仙台市堤町で焼かれた焼物。元禄年間(1688~1704年)に、江戸の陶工上村万右衛門が仙台の台の原で始めたとされる。特に堤人形は有名である。 |
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資料番号 | 6A000666 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 37.0 径 36.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 平清水焼・・・山形市平清水で文化年間(1804~1818)ごろから焼かれている焼物。陶器がもともと焼かれていたが、1844(弘化4)年に宮城県の切込焼の職人が招かれ、磁器が焼かれたといわれている。釉薬には白色、飴色が多い。 |
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資料番号 | 6A000667 |
資料名 | たまり入れ |
資料名よみ | たまりいれ |
法量 {cm} | 高さ 44.4 径 33.5 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 平清水焼・・・山形市平清水で文化年間(1804~1818)ごろから焼かれている焼物。陶器がもともと焼かれていたが、1844(弘化4)年に宮城県の切込焼の職人が招かれ、磁器が焼かれたといわれている。釉薬には白色、飴色が多い。 |
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資料番号 | 6A000668 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 20.0 径 27.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 大宝寺焼・・・鶴岡市大宝寺町や新町で焼かれた焼物。起源については不明だが、1772(安永元)年の銘がみられるものがあることから、そのころには始まっていたと考えられている。釉薬は青、紫、黒、白色など様々である。明治時代中期に途絶えてしまったが、近年復興した。 |
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資料番号 | 6A000669 |
資料名 | 切立 |
資料名よみ | きったち きったて |
法量 {cm} | 高さ 31.0 径 23.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 筒状の胴をもつ陶製の容器。切り立てたように垂直な形状から「切立」と呼ばれる。成島焼・・・米沢市成島町で焼かれた焼物。上杉藩相良清左衛門が、1778(安永7)年に藩命を受けて築窯した。藩財政を潤すほどに発展したが、1935(昭和10)年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000670 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 47.5 径 35.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 成島焼・・・米沢市成島町で焼かれた焼物。上杉藩相良清左衛門が、1778(安永7)年に藩命を受けて築窯した。藩財政を潤すほどに発展したが、1935(昭和10)年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000671 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 35.7 径 29.4 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 成島焼・・・米沢市成島町で焼かれた焼物。上杉藩相良清左衛門が、1778(安永7)年に藩命を受けて築窯した。藩財政を潤すほどに発展したが、1935(昭和10)年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000672 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 25.5 径 27.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 大宝寺焼・・・鶴岡市大宝寺町や新町で焼かれた焼物。起源については不明だが、1772(安永元)年の銘がみられるものがあることから、そのころには始まっていたと考えられている。釉薬は青、紫、黒、白色など様々である。明治時代中期に途絶えてしまったが、近年復興した。 |
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資料番号 | 6A000673 |
資料名 | 切立 |
資料名よみ | きったち きったて |
法量 {cm} | 高さ 23.8 径 22.8 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 筒状の胴をもつ陶製の容器。切り立てたように垂直な形状から「切立」と呼ばれる。成島焼・・・米沢市成島町で焼かれた焼物。上杉藩相良清左衛門が、1778(安永7)年に藩命を受けて築窯した。藩財政を潤すほどに発展したが、1935(昭和10)年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000674 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 54.5 径 49.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 成島焼・・・米沢市成島町で焼かれた焼物。上杉藩相良清左衛門が、1778(安永7)年に藩命を受けて築窯した。藩財政を潤すほどに発展したが、1935(昭和10)年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000675 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 14.0 径 14.8 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 大宝寺焼・・・鶴岡市大宝寺町や新町で焼かれた焼物。起源については不明だが、1772(安永元)年の銘がみられるものがあることから、そのころには始まっていたと考えられている。釉薬は青、紫、黒、白色など様々である。明治時代中期に途絶えてしまったが、近年復興した。 |
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資料番号 | 6A000676 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 13.0 径 17.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 大宝寺焼・・・鶴岡市大宝寺町や新町で焼かれた焼物。起源については不明だが、1772(安永元)年の銘がみられるものがあることから、そのころには始まっていたと考えられている。釉薬は青、紫、黒、白色など様々である。明治時代中期に途絶えてしまったが、近年復興した。 |
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資料番号 | 6A000677 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 22.0 径 21.4 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 大宝寺焼・・・鶴岡市大宝寺町や新町で焼かれた焼物。起源については不明だが、1772(安永元)年の銘がみられるものがあることから、そのころには始まっていたと考えられている。釉薬は青、紫、黒、白色など様々である。明治時代中期に途絶えてしまったが、近年復興した。 |
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資料番号 | 6A000678 |
資料名 | 切立 |
資料名よみ | きったち きったて |
法量 {cm} | 高さ 22.5 径 17.3 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 筒状の胴をもつ陶製の容器。切り立てたように垂直な形状から「切立」と呼ばれる。成島焼・・・米沢市成島町で焼かれた焼物。上杉藩相良清左衛門が、1778(安永7)年に藩命を受けて築窯した。藩財政を潤すほどに発展したが、1935(昭和10)年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000679 |
資料名 | 切立 |
資料名よみ | きったち きったて |
法量 {cm} | 高さ 30.0 径 24.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 筒状の胴をもつ陶製の容器。切り立てたように垂直な形状から「切立」と呼ばれる。成島焼・・・米沢市成島町で焼かれた焼物。上杉藩相良清左衛門が、1778(安永7)年に藩命を受けて築窯した。藩財政を潤すほどに発展したが、1935(昭和10)年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000680 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 36.0 径 34.0 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 平清水焼・・・山形市平清水で文化年間(1804~1818)ごろから焼かれている焼物。陶器がもともと焼かれていたが、1844(弘化4)年に宮城県の切込焼の職人が招かれ、磁器が焼かれたといわれている。釉薬には白色、飴色が多い。 |
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資料番号 | 6A000681 |
資料名 | 切立 |
資料名よみ | きったち きったて |
法量 {cm} | 高さ 23.9 径 23.2 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 筒状の胴をもつ陶製の容器。切り立てたように垂直な形状から「切立」と呼ばれる。成島焼・・・米沢市成島町で焼かれた焼物。上杉藩相良清左衛門が、1778(安永7)年に藩命を受けて築窯した。藩財政を潤すほどに発展したが、1935(昭和10)年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000682 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 36.5 径 28.7 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 十王焼・・・白鷹町十王で焼かれた焼物。1809(文化6)年に源蔵という人物が藩に願い出て、文政年間(1818~1830年)に松本林蔵が製陶したのが始まりとされている。その後、柴田文五郎が受け継ぎ長年維持されてきたが、戦後間もなく途絶えてしまった。成島焼に色・形が類似している点が特徴である。 |
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資料番号 | 6A000683 |
資料名 | 甕(花とんぼ文) |
資料名よみ | かめ はなとんぼもん |
法量 {cm} | 高さ 24.0 径 25.7 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 平清水焼・・・山形市平清水で文化年間(1804~1818)ごろから焼かれている焼物。陶器がもともと焼かれていたが、1844(弘化4)年に宮城県の切込焼の職人が招かれ、磁器が焼かれたといわれている。釉薬には白色、飴色が多い。 |
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資料番号 | 6A000684 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 21.2 径 23.2 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 長根焼・・・山形市村木沢の長根で、1870(明治3)年頃始まった焼物。1910年頃廃窯となった。 |
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資料番号 | 6A000685 |
資料名 | 甕 |
資料名よみ | かめ |
法量 {cm} | 高さ 22.5 径 23.3 |
コレクション名 | |
年代 和暦 | |
年代 西暦 | |
資料説明 | 長根焼・・・山形市村木沢の長根で、1870(明治3)年頃始まった焼物。1910年頃廃窯となった。 |
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